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あなたが足の薬指だったら

【あなたが足の薬指だったら】

想像してみてください。
あなたが足の薬指だったとしたら。
想像できるでしょうか。

いつもあなたと一緒にいる
大切な薬指のことですから
想像できますよね。

あなたが足の薬指だったら、
足の中指のやつ、俺より大きくて生意気だなあ、と妬みますか?
足の小指、へへーん、ちっちぇーなー、と見下しますか?
反対の足の薬指を見て、ライバルだから蹴落としてやると思いますか?
手の薬指を見て、なんだか華やかで羨ましいなあ、と思いますか?
目を見て、雲の上の存在、自分とは違う世界にいる人だなあと思いますか?
口を見て、僕はあんなふうには歌えないなあと思いますか?
鼻を見て、あんな風にいい匂いを嗅げないなあと嘆きますか?

全身で歩き出した時、あなたには大きな力がかかります。
なんだよ、全身、俺にばかりストレスかけるなよ、と不平を言いますか?
全身が走り出した時、嵐が来たと不安になりますか?
お風呂に入った時、急に熱くなったとびっくりしますか?
サッカーボールを蹴る時、すごい衝撃に驚きますか?

そうではないはずです。
足の薬指は、どんな時も、文句も言わず、
体の他の部分と力をあわせ、
自分にできることを行いながら、
生きています。

雨の日も、風の日も。
体が病気になって苦しんでいる時も、
脳が大変な仕事でがんばっている時も、
辛いことがあって苦しんでいるときも、
よろこびに満ち溢れている時も。

足の薬指をあなたに、
全身を地球に、
置き換えてみてください。
想像できるでしょうか。

いつもあなたとともにいる
大切な地球のことですから
想像できますよね。

隣の大きな人を見て、俺より大きくて生意気だなあ、と妬んでいませんか?
隣の小さな人を見て、へへーん、ちっちぇーなー、と見下していませんか?
少し離れたライバルを見て、蹴落としてやろうと思っていませんか?
成功した友人を見て、華やかで羨ましいなあ、と思っていませんか?
大成功した有名人を見て、雲の上の存在、自分とは違う世界にいる人だと思っていませんか?
歌う人を見て、僕にはあんなふうには歌えないと思っていませんか?
華やかな人を見て、あんなふうに自分らしくは生きられないとあきらめていませんか?

世界に何かが起こった時、あなたには大きな力がかかります。
どうして自分にばかりストレスがかかるんだろう、と嘆きますか?
パンデミックや災害の時、先が見えなくて不安になりますか?
気候変動で暑くなったととき、自分は無力だとうろたえますか?
時代変化の衝撃に驚き立ちすくみますか?

そうではないはずです。
私たちは、地球上に住む兄弟。
みんな仲間なんです。
あなたは、どんな時も、
すべての他の人々と力をあわせ、
自分にできることを行いながら、
生きていくべきではないでしょうか。

雨の日も、風の日も。
地球がパンデミックで苦しんでいる時こそ、
みんなで力を合わせましょう。
だれかが大変な仕事でがんばっている時には、
手を差し伸べましょう。
辛いことがあって苦しんでいる人がいたら、
助けにいきましょう。
戦ったり、歪みあったり、人のせいにしたり、
人と比べたり、ねたんだり、羨ましがったり
している場合ではありません。

地球はあなた、
あなたは地球なのですから。

地球がこれからも、
よろこびに満ち溢れた
美しい惑星でありますように。

東京青年会議所出演動画

先日、東京青年会議所のイベントに動画出演しました。
好評だったとのこと。うれしいです。

出演した動画は公開されています!
シェアします! ご覧ください!

①科学的根拠に基づく幸福学 
https://youtu.be/fEI49A-zkuA

②新しい豊かさの価値≠経済成長
https://youtu.be/4TWM5bZfVv4

③新たな中長期ビジョン×幸福学
https://youtu.be/bgwmq6V5340

④JCメンバーの幸福度分析
https://youtu.be/v7kXzyY7lZk

北海道の思い出

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はたらく人の幸せの7因子・不幸せの7因子

慶應SDM前野隆司研究室では、パーソル総研との共同研究の結果、「はたらく人の幸せの7因子・不幸せの7因子」を求めました。

もともと、前野隆司研究室では、幸せの心的要因に関する4因子を明らかにし、ものづくり(工学)、ことづくり(サービス工学)、組織づくり(経営学)、町づくり(地域活性学)、人づくり(教育)に適用してきましたが、このたび、コロナ時代のニューノーマルを探るヒントとして、「はたらく人の幸せの7因子・不幸せの7因子」を明らかにしました。

このため、7/15の午前中にプレス発表・記者会見。同日午後に「幸福学」フォーラム開催 ニューノーマル時代の"はたらく幸せ"とは何か? を開催しました。
https://rc.persol-group.co.jp/seminar/well-being.html

研究結果の載っている特設サイトはこちら。
https://rc.persol-group.co.jp/well-being/

幸福学フォーラムで用いたスライドの一部を用いて説明しましょう。

まず、健康診断と同じく、幸せは診断できます。幸せな心の状態を作っておくと、人は創造性も生産性も高く、自己肯定感や自己有用感も高く、利他的で感謝し、免疫力が高く、健康で、病気になりにくく、長寿であることが、様々な研究により知られています。

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科ヒューマンラボ(前野研究室)でも様々な研究を行ってきました。現在、私たちが提供しているのは、以下の3つの幸福度診断です。

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7/15に公開されたのは、3つめの、はたらく人の幸せの7因子・不幸せの7因子」。尺度は以下の通りです。
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今回の研究で面白かったのは、幸せと不幸せは対立概念ではないという点。幸せの7因子と不幸せの7因子はほとんど対応関係にはなかったんです。つまり、要するに、不幸せにならないためにやるべきことと、幸せになるためにやるべきことは違うということなのです。不幸せの要因を取り除いて普通になることと、普通の状態から幸せの要因を満たすように心がけてさらに幸せになることは別のこと、といってもいいかもしれません。

ただ、14個もあると覚えにくいですよね。そこで、14個を覚える方法を考えました(笑)。

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これです。「爺利他役立ち」と「王子不要教祖裡」。謎の語呂合わせのようにお感じの方もいるかもしれませんが、私は大真面目です。以下のような深い意味を込めています。
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そして、その詳細はこちら!
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詳しくは、お問い合わせください!


日本から縄文の思想を世界に広めるべきでは

今朝の散歩。

今日も世界は美しい。

農耕革命前の旧石器時代人は、足るを知る生活をしていた。日本で言えば、縄文人。縄文人は平和裡に暮らしていたと言われているが、狩猟採取生活では富を蓄えられないから、人々は平等に、力を合わせいたわり合いながら暮らしていたのではないか。

1万年前に農耕革命が起こった。人々は定住し農耕と牧畜を始めた。村ができ、富を蓄積できるようになり、格差が生まれ、権力争いが生まれた。さらに、300年前に産業革命が起き、都市化、格差、権力争いは激化した。その挙句が現在。

縄文人は、富を蓄えて自分だけが幸せになろうとか自然を支配しようなんて考えずに自然と共生して生きていたのに、1万年前からの人類は欲に目がくらみ過ぎて誤った方向に向かったのではないか。

そんなことを思いながら自然の中を散歩した。

最近読んだお勧め本『未来のルーシー』。中沢新一さんと山極寿一さんの対談。文化人類学者と霊長類学者の視点から、僕と全く同じ想いが述べられていた。しかも、仏教だけが、農耕革命以前の思考法を受け継いだ宗教なのではないかと語られる。

すべての生きとし生けるものが幸せでありますように。すべての生きとし生けるものが幸せになって初めて自分の幸せがここにある。そんな大乗仏教の思想は、縄文の思想を受け継ぐものなのではないか。仏教、神道、武道、茶道、華道、伝統芸能、伝統工芸。農耕革命以来1万年間、人類が忘れかけているありかたを今もかすかに受け継いでいるここ日本から、人はいかに生きるべきかの智慧を世界に発信すべきではないか。森が豊かだから、近代化・都市化した現代にありながら縄文の片鱗を残しているこの日本から。

「成人発達理論」と「ティール組織」についての考察

【「成人発達理論」と「ティール組織」についての考察】

ティール組織を目指すべきではない。

『ティール組織』という本で有名になった組織論は、もともとはロバート・キーガン、ケン・ウィルバー、カート・フィッシャーなどの成人発達理論に基づいている。つまり、「成人の心がそのレベルに発達した人ばかりで作る組織は、その形態になることが可能だ」という話なのである。心がそのレベルに達していない人がそれを目指すべきではないのである。しかも、そのレベルに達するには、その前のレベルを十分理解し、十分運用できるスキルを身につけ、「卒業」しているべきなのである。ここに誤解があるように思う。アンバーは嫌だから、グリーンに行きたい、というような。気持ちはわかるが、それは無理なのである。その前の心の状態および組織の状態を十分に理解し、運用できるようになった上で、「違うやり方もあるよねー」と次に行くべきなのである。

つまり、心が発達していない人がティールを目指すと痛々しい結果になる。

ちなみに、心の発達というと上の方がいいように思えるであろうが、「確かにそうなのだが、決してそれを目指すべきではない」というのが正解である。だから、みんな、ティール組織を目指そうとは思わないでいただきたい。でも、ティール組織はいいのである。もう一度言うが、いいのであるが、目指すべきではないのである。幸せと同じである。幸せになった方がいいが、「幸せを目指す人は不幸」という研究結果もあり、幸せは目指さない方がいいのである。つまり、幸せになった方がいいが、幸せは目指さない方がいいのである。で、成人発達も、それに基づく組織論も、同様なのである。

これまで成人発達理論はそのトップダウン的な特徴から論じられる傾向があった。しかし、自己肯定感が低く、受動的で、主体性や自己決定の能力が乏しい人の多い傾向のある日本では、ボトムアップ的に、なぜ人々がそのレベルに留まっているかの考察が欧米以上に必要なのではないか。そう思って考えてみるのが以下の考察である。

成人発達理論によると、人の心は、レッド、アンバー、オレンジ、グリーン、ティール、ターコイズ、インディゴ、バイオレット、ウルトラバイオレット、クリアライト、と成長していく。その一部について、考えを述べる。

レッド:自由な生き方・組織
自由気まま。狼の群れや、ウサギの群れや、幼稚園児の群れ。

アンバー:軍隊的な生き方・組織
上から目線の側:司令官のように、組織全体を統括したいというレベル。
下から目線の側:ルールやマニュアルには従うべき、なぜそうなのかなどとは考えずに社会が私に与えてくれた規範には盲目的に従うべき、という段階。盲目的。「べき思考」はよくない、という議論があるが、そんな議論に縛られている段階。主体性が不足。主体的で自主的な生き方を獲得しないと次の段階にはいけない。自己犠牲的で共依存になる人はこのタイプ。自己肯定感が低く自己受容できていない人もこのタイプ。自分探しをしている人は、まだ主体的な自分を見つけていない。そういう人は、まずここを抜け出さないと残念ながら自由にはなれない。もちろん、上のレベルの組織論や成人発達段階を語るべきではないかもしれない。

オレンジ:合理的な生き方・組織
上から目線の側:自由、平等、オープン、フェアな、資本主義社会を作ろうよ、という人間中心的世界観。勝ち負け、善悪、自他、分析、といったようなクールで合理的な考え方に従う。多数決OK。最大多数の最大幸福を合理的に目指す。近代西洋的。
下から目線の側:多くの日本人は、この、サバサバした感じにまだ行けていないのではないか。上に述べた「べき思考」は良くないと言ったり、社会に不満を述べてたりしている段階は、アンバー。自分に自信を持ち、自己肯定感は中くらい以上にあって、自由で公正な競争に身を投げようと思うのがこのレベル。この現代社会で、金持ちになってやるぜ、とか有名になってやるぜ、というのがこのタイプ。つまり、多くの日本人は、安心・安全な国家に住んでいるが故に、このレベルにも達していないのではないか。もちろん全員ではないが。それを日本人は自覚すべきだと思う。

グリーン:家族のような生き方・組織
私もこの状態を家族のような状態と述べてきたが、誤解を招いたのではないかと反省している。下から目線に立って、家族のように守られているとほっとするような段階ではない。上からの立場の者が、オレンジ型の論理的対立を乗り越えて、家族のようにアコモデーション(意見の対立を乗り越えたわかりあい)を目指す段階である。やさしくいたわりあうという段階というよりも、軍隊のようなやり方も、合理的で血も涙も無いやり方も、理解し、体験し、習得した上で、それを超えた家族的理解が大事だと腑に落ちた段階なのである。最初に述べたように、あくまで成人の心がどこまで発達しているかについての議論なのであり、前の段階をクリアしていない人は達せない境地なのである。前の段階を感じたことがあるからOKではないのである。大事なのは、前の段階をクリアしていること。前の段階のメリットも、痛みも、十分に理解し、その上でこのやり方で行きたいと心の底から思うのが、グリーンに限らず、成人発達なのである。

ティール:自然林のような生き方・組織
家族的なグリーンを超えて、家族会議のような話し合いをしなくても、分かり合えているような状態。完全に任せ合え、信じ合え、自由自在にいきているようでありながら、秩序は保たれている状態。秩序が保たれている理由は、もはや、おわかりでしょう。上に書いた全ての段階を、挫折したり苦労したりしながらすべてわかり尽くした上でここにいる人たちだから、そんな、心の発達した人たちだから、成り立つ状況なのだ。世の中で「ティール組織」と言われている組織をいくつも見てきたが、完全なティール組織は見たことがない。経営者や一部の人は心がティールというべき段階に達しているけれども、ティールとは何かを理解していないレッド、アンバー、オレンジ、グリーンの人が混ざっていたり、さらにタチの悪いことに、自分はティールに達していると勘違いしているレッド、アンバー、オレンジ、グリーンの人が混ざっていたりすることが普通である。その人たちがだめだという気はもちろん全くない。ただし、勘違いしてティールをやった気になって、ティールってうまくいかないよねー、と誤解するような人が増えていることを残念に思う。

いろいろ書いたが、まあ、思うことは、「成人発達を目指すことを第一目標にする生き方」はオススメだと思う。心を磨くことは、何にも増して人間がやるべきことだと思う。経済成長よりも、自己成長。そういう時代は来ていると思う。まちがいない。アメリカのCIISとか、イギリスのシューマッハカレッジって、かっこいいと思う。今後目指すべき在り方だと思う。日本にもそんな学校を作りたいと思う。人間は成長を目指すべきだと思う。しかし、人間は、成長したいという点にフォーカスすべきではないと思う。成長すべき、しかし、成長を目指すことにフォーカスしすぎるな、である。

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春の散歩の写真集

新型コロナにより3月から6月まで、毎日のように一眼レフEOS6Dを手に散歩した。僕は自然の美しさをシンプルに切り取るのが好きだ。自然は美しい。自分もこの自然の一部であることに感謝。

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企業が従業員の「ウェルビーイング(幸福)」の向上を競う時代

今朝の日経新聞。「幸福な職場」という挑戦。

企業が従業員の「ウェルビーイング(幸福)」の向上を競う時代が来た、とあります。来ましたねー。

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やりたいこと・やれること・やるべきこと棚卸しシート

【やりたいこと・やれること・やるべきこと棚卸しシート】

人は、やりたいこと(will)、やれること(can)、やるべきこと(must)が一致していて、それが大きいほど幸せな人生を生きられると思います。

そこで、やりたいこと、やれること、やるべきことの棚卸しシートを作ってやってみました。

今、プライベートでやりたいこと、やれること、やるべきことを、身近なことから壮大なことまで10個×3ずつ、考えて書き出します。

次に、仕事としてやりたいこと、やれること、やるべきことを、身近なことから壮大なことまで10個×3ずつ、考えて書き出します。

さらに、人生を生きる間にやりたいこと、やれること、やるべきことを、身近なことから壮大なことまで10個×3ずつ、考えて書き出します。

30×3=90マス。思いつかなくても、なるべく埋めます。

やってみると「やるべきこと」は、「やりたいこと」を達成するために自分がやるべきこと、職場の一員としてやるべきこと、地球市民の一員として倫理的にやるべきこと、などいろいろな視点の「やるべきこと」が混在してしまいますが、それはどれでもOKとしましょう。とはいえ、自己実現のために自分がやるべきこと、狭い意味でのべき論としてのやるべきこと、倫理的・人道的にやるべきこと、の視点がいずれも入っているといいですね。

時間がかかりますが。もしもマスが足りなかったら追加してください。すると、気づきがあります。たとえば、埋まらないマスがある。やりたいことは書けるけれども、それに対応する、できること、やるべきことがない。これだと実現できないので、できること(強み)とやるべきこと(実現への道のりや社会的意義)を考える必要がある。だから自分なんてダメなんだ、ではなく、これからコツコツこうして行こう、のように前向きに捉えて人生を歩むためのヒントにしてください。人と見せ合って、どう歩めばいいか、助言しあえる、といいですね。

右側に、さまざまな気づきを自由に記入してください。

僕もやってみました。たくさん気づきがありました。照れくさいですが公開します。二つ目のシートに載っています。あとは実行あるのみですね。

ぜひ、みなさん、このシートをコピーして使ってみてください。テンプレートに直接書き込まないでくださいね。もしも差し支えなかったら、みなさん自身の結果を、このスプレッドシート上で、テンプレートをコピーして、書き込んでいただけると、それも嬉しいです。みんなで見せ合うと、それもいろいろな気づきになるのではないかと思います。

スプレッドシートはこちら

エクセル版はこちら

ジョアンナ・メイシーの「グレート・ターニング」と東洋思想

Joanna Macy の2016年の映像「ジョアンナ・メイシーとグレート・ターニング(大転換)」が期間限定で公開されていたので5回くらい見た。期間限定と言われると見たくなるものですね(笑)。

とても共感したし、おっしゃる通りだと思ったが、5回も見ると自分の考えとの違いも見えてきた。Joannaは仏教の例を挙げて(しかしバランスよくキリスト教の例も挙げて)、東洋思想への理解を示しているが、やはり最終的な立脚点は当然のことながら個人主義的なのだなあと思った(東洋・西洋と簡単に分けられるものではないですが、ここでは誤解を恐れず大雑把に分けて論じます)。

拙著『思考脳力のつくり方』や『幸せの日本論』で述べたが、古来、東洋の考え方は西洋に伝わって驚きをもって迎えられ、西洋流にわかりやすく説明されて東洋に戻ってくることがよくある。最近では、システム思考、デザイン思考、マインドフルネス、コンパッションなどなど。しかし、地球を一周する間に最も深遠なものは失われ、論理的に明快なものに変容するように思う。

最も深遠なものとは、仏教でいうと「色即是空 空即是色」や「山は山にあらず ゆえに山なり」(即非の論理)。老荘思想でいうなら、道(タオ)とは無であり一であり大であり母である。万物斉同。

つまり単純化して述べると、西洋流は、正誤、善悪、敵味方、自他、好き嫌いを分ける。すなわち、分析的。他方、東洋流は、上述の通り、色は無であり無は母である。分けない。全体論。

Joannaも、Great Turning のあとはガイア仮説のような地球生命を分けない生き方にこれからはシフトすべきだと述べてはいるのだが、Great Turning と命名しているように、そうする前とそうする後を分けている。また、動画の中で、現代の世界が困難と不確実性に満ちた状態だからこそ大きな心が立ち上がるのであって、「大丈夫、今のままでいいんだよ」ではダメなのだと力強く強調する。西洋流の論理は明確で勇ましいが、基本は、悪を転換する怒りのエネルギーに基づいているように思う(追記:怒りではなく痛みかもしれません。Joannaをよく知る方から、Joannaは慈悲と同じような意味で痛みと言います、と説明を受けました。ただ、慈悲という単語の使用には慎重とも。だとすると、Joannaと僕の違いは仏教解釈の違いなのかもしれません)。

僕は、これは誤解しないでいただきたいのだが「大丈夫、今のままでいいんだよ」と思う。もちろん、地球環境は待った無しで、大至急改善すべきだとも思うが、現状を非難して敵味方に分けるようなやりかたでの現状否定はしたくない。

かつては人類ではなく植物による大環境破壊があった。地球上には酸素がほとんどなかったのに、植物が大量の酸素を生成してしまったから、30億年から20億年前に地球環境は一気に酸素だらけになったのだ。だからこそ、私たち動物が生きられるようになって、現在に至る。

今度は人類が大環境破壊をして二酸化炭素が増えつつある。これはひどいこととも言えるが、当然の帰結とも言える。これを修正するのも人類の決断、修正しないで苦しむのも自業自得。宇宙や地球の長い歴史から見ると、まあ、ささいなこと。大丈夫である。もちろん、これから1000年くらい人類は温暖化対策に苦しむかもしれないし、一気にGreat Turningによって環境保全を成し遂げるかもしれない。人類は滅びるかもしれないし、繁栄を続けるかもしれない。まあ、どちらになるにしても、人間一人一人は生きて死ぬという意味では変わりはないのだから、どちらでもいいのではないか。誤解しないでいただきたいのだが、僕は、どちらでもいい中から、自然に、環境保全を選びたい。現在は間違っているから戦って正しい道を選びたい、ではなく、どちらでもいい中から、怒りをバネにしてではなく、世界への愛を源にして、環境保全の道を選びたい。これが、Joannaの参照した仏教的な在り方の本質だと思う。

昨年くらいだったか。酔っ払った僕が何だったか妻にひどいことを言った時に、妻は僕に「あなたが何を言っても、どんな言い方をしても、あなたの本質を信じているから揺らがない」と言った。正しいか間違っているか、好きか嫌いかを超えてすべてを丸ごと信じるということの素晴らしさ。これが、いつも東洋から西洋に伝わって東洋に戻ってきたときに忘れ去られている東洋の心の本質だと思うのです。僕も、どんなことがあっても、妻とみんなと世界を信じたい。

Joanna の Active Hope という言葉に触発されて、Passive Hopeという言葉を思いついた。すべてを受け入れ、すべてを手放せば、世界平和は既にある。いまここに。

人々の幸福を中心とした経済に考え直す「グレート・リセット」

「人々の幸福を中心とした経済に考え直すべき」

資本主義の「リセット」議論を WEFシュワブ氏
21年のダボス会議テーマに
2020年6月3日 13:04

シュワブ会長による「グレート・リセット」。戦後資本主義は時代遅れ。そして、「人々の幸福を中心とした経済に考え直すべきだ」とあります。次の世代への責任を果たし、弱者を支え、環境に配慮し、イノベーションを起こすべき。才能主義、社会的市場経済、ESG重視になるべき。おっしゃるとおりですね。問題は、世界がどれだけそちらに舵を切れるか、ですね。人類の叡智が試される時代。

「人格」について探る塾、始めます

ベビーカーや重い荷物を持った人が困っていても誰も助ける人がいない日本。欧米に行くと、すぐに誰かが駆け寄ってくれます。

昨日郵便局で大量に封筒を買って、カバンに入らなくて困っていたら、見ず知らずの女性がすっと手を貸してくれました。うれしい。もしかして、困難な時代にあって、日本人も優しさを思い出し始めているのでしょうか?

昔は達人がいました。武士道、茶道、花道。不動の精神、大きな優しさ、俯瞰的な大局観。戦後の教育は知識詰め込み型で、「そもそも私たちはいかに生きるべきか」の教育が欠如していないでしょうか。

そんな思いから、慶應SDMやオンラインサロンウェルビーイング大学や雑談塾をやっているのですが、人格塾もその一つです。人格とは何か。どのように発達していくのか。

決して、上から目線で「人格者になれ」と教える塾ではなく、現代の人格とは何かを探っていきます。いろいろな企画を行なっていきます。

で、対談シリーズの第1回ゲストは、田口一成さん。社会課題解決のための会社ボーダレスジャパンを経営されている方です。先日カンブリア宮殿にも出られていましたし、いろいろな方から「前野さんが合うべき人」と聞いていたのですが、このたび初めてお会いするのが、このオンライン対談となりました。楽しみです。どうしてそんなにいい人なのか、聴いてみたいと思います。

5/18です。オンラインです。無料です。

(追記)5/18の動画をYouTubeにUPしましたのでご覧ください。必見です。
↓↓↓↓↓↓
https://www.youtube.com/watch

人格塾のフェースブックページはこちら。
↓↓↓↓↓↓
https://www.facebook.com/jinkakujyuku/

ちなみに、これは学術研究の一環です。人格者の定義とは? 人格者の要因を多変量解析するとどうなる? 昔の偉人・達人・人格者の共通点は? おじいさん・おばあさんから聴き継がれてきた日本の良心とは? 日本と世界の人格者の違いは? などなど、探求・研究していきます。よろしくお願いいたします。

答えるだけで「幸福度」が向上する3つの質問

【拡散大歓迎。それより、やってみること大歓迎】

90パーセント以上の方の幸福度が「答えるだけで向上」した3つの質問」!

「答えるだけで「幸福度」が向上する3つの質問」を公開してから1日が経ちました。答えるだけで幸福度が向上なんて、なんだかあやしい企画みたいに見えるかもしれません(苦笑)が、全く怪しくありません! 世界中における幸福学(well-being study)の学術研究成果に基づいた質問に、じっくり取り組んでいただくものです。幸福度を向上させる介入研究は世界中でたくさん行われれおり(詳しくは拙著『無意識の力を伸ばす8つの講義』参照)、今回も、実施後1日が経ちましたので、まだ数は少ない(34件)ですが、数値データを公開します。

幸福度が上がった人91.2%、変わらない人2.9%、下がった人5.8%。

90パーセント以上の方が幸福度の上昇を実感してくださっていますが、5.8%は下がったと感じる方もおられるようです。不安やストレスを感じたら回答を控えてください。なお、まだ数が少ないため、今後もn数が増えたら数値を公開します。n数を増やして統計的に有効なデータを得るためにも、皆様のご協力をよろしくお願いいたします。

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そして、3つの質問にご回答くださった皆様、ありがとうございました。

回答を見ているだけで幸福度が上がります。ありがとうございます。以下に、3問目(コロナ収束後に何をしていますか?)への回答の一部を掲載します(1問目、2問目への回答も機会を見て公開させていただきます)。

(質問の要旨)
コロナの時代が去ったら、あなたは、一緒に頑張った世界中のみんなとともに、何をしたいですか? 以下に、未来の視点に立って、現在形で答えてみてください。

(回答の一部)
みんなで歌を歌っています。大きな声で、肩を寄せ合い、手を繋ぎ合わせ、歌っています!

2022年3月20日の幸せの日に、全世界同時刻に花火を打ち上げます。人類全体がコロナを乗り越え、世界中の生きとし生けるものたちが互いの幸せを祝福する大きな1発の花火をあげる。世界はつながっていて、切り離せない。互いを思いやり、生きていくと決めた日を祝って。

2025年。言語変換ツールのお陰で、世界中の人と普通に話してます。そしてその国の美味しいお料理をたくさん教えて貰ってます。ありがとー。

多くの人とお疲れ様飲み会をして大騒ぎしています。

世界の人たちに会って、バーでパブでビストロで、酒を飲みながら「実はあの時日本であなたたちを応援したいと、ずっと国歌を聴いていたんだよ。勇ましい国歌、美しい国歌、盛り上がる国歌、色々聴いたんだけど、気がつくと聴きながら泣いてしまっていて、実は応援されてたのは僕の方だったのさ。」と白状して大声で笑い、肩を叩きながら酒をお代わりしている。本当だよ。世界の僕たち。あなたたちがいてくれたことが、心の支えになったんだ。ありがとう。

2023年9月、私は今の会社を定年退職東京を離れ緑の中で生活をしています。生産と消費を繰り返しながら前後の工程に目もくれていなかった生活から、持続可能な生き方、社会を考えた仲間作りから、ほどよいソーシャルなコミュニティを形成しています。

コロナの頃は、妻と息子と離れて過ごしていました。だから、家族でピクニックをしています。 世界中の人とは、みんなで笑顔大会を開催しています。みんなの笑顔が大きな力を産む事を体現する企画です。

20XX年、私は家の外に出たら、会う人皆とハイタッチ、「コロナお疲れ様でした!今日も天気がいいですね!」と笑顔で挨拶を交わしています!

今年度末には、秘密の融合したものを開発しています。勤務校の1年生、2年生に使用許可を得て、生徒が使用し始めています。

2021年、わたしは「あなた」と人生を共にして、周囲の親しい人たちや世界中の仲間と人生の喜びを分かち合っています。

私の大好きな時間が自然に囲まれてのんびり過ごすこと、自然の力に満ち溢れた美味しいものを食べることです。この状況から脱出できたとき、自然の中に出かけ、いつも居心地よく私を出迎えてくれる場所で、心の栄養補給をします! 厳しい状況の中踏ん張った方々に会いに行って、この場所を守ってくれてありがとう!と伝えます。

人の優しさが恩送りとなり、幸せである生き方を自然にしていけるような、カインドフルネスな世界創造の端緒となっています。

2025年、英語を話せるようになりたい人をサポートする仕事をして、世界のコミュニケーションを増やしています!

2021年、まず日本で大きなマインドフルネスの集い(オンラインではなく)を皆さんとやり、共に居られることを心から祝福し、これからの社会をどう生きるかを分かち合っています。そして、世界各国のお友達を訪れて、同じくこれからどう生きようと思うのかをシェアし合い、私の中の確信というか軸となる感覚をしっかり持っています。

2020年の夏には思いっきり外に出て、美味しい空気を吸って、みんなと一緒に外でご飯を食べています。たくさんのオフ会や飲み会もやっています。

2022年、世界のアジア(シンガポール)、アメリカ(ニューヨーク)、ヨーロッパ(フランクフルト)で、そこにいるいろいろな国の人たちと一緒にセルフィーを撮ってツイートしてます!

2020年、これ以上ない好きな人ができた。

2021年、コロナ離婚以上の結婚ブームを起こしてます♡ 誰かといることの大切さに気づかせてくれた外出自粛。 人と会えることへの感謝が強まった今、出会いは活性化し、誰かといたい思いは加速し、守りたいものをもつことで更に努力をする人が増え、私はその人たちにポジニケーションを伝えることでサポートしています♫ 言葉を直接伝えられることの大切さを感じるきっかけを得られた今。素敵な言葉を使いこなせるように自粛中に勉強してもらってよかったー!

2022年春、私は日本から素晴らしく綺麗な桜吹雪の映像を世界中の仲間に送っています。

2025年私は子どもの心を癒す物語でベストセラーになり、日本全国を講演しています。

仲間と集って美味しいものを食べながらこれからの計画を語り合いたい。

私は、これまでに訪れた全ての国と新しい美しい土地を訪れて、その国や地域の友人たち、新しく出会う景色、土地に根付いた料理とダンスをしています。

社会もコロナ危機を乗り越えて、組織を超えて、世界を善くする「真美善」が企業存続・発展のための、1つの基軸となりました。数字と経験による裏付けや正しいか誤りかだけで判断するのではなく、より良くするための社会理念からの判断が当たり前になりました。とても温かい思いやり、幸福感に包まれた世界になりました。人類は本質的に大事なことを大事にできる世の中になりました。

2030年、物質ではない、ほんとうの心の豊かさを取り戻せた世界中の人たち。みんな、がんばったねって、笑い合っている。

コロナ時代は、自分を見つめろと言われた時でした。 今この時に社会的になにか価値を外に対して出せなくても、自分はここにいて、生きている。それだけでいい。 いのちが大事。生きていることが大事。 2025年、経済優先主義だった、世の中の価値観が変わり、私たちは、どんな人も自分を他者をいつくしみ、尊重している。苦しい時には苦しいといい、大丈夫だよといいあえる時代を迎えています。

たくさんの希望に満ちた回答をありがとうございました。読んでいるだけで私も元気になりました。私たちは一人ではない。みんなで、希望を胸に、力を合わせ、困難な時期を乗り切りましょう。心から応援しています!

日本語版はこちら
https://forms.gle/dJewo7ty16MBLk9V6

英語版はこちら
https://forms.gle/BoansRcgP6XmvgB96

新型コロナの倫理問題

外出自主規制をして新型コロナの蔓延を防ぎ、図1の破線ではなく実践のように拡散を抑制しましょうという議論をよく目にする。確かに、ピークが大きくなると医療崩壊の危険があるから、ピークを小さくすべきである。

しかし、前から気になっていたのは、なぜ図2ではないんだろうかということ。

図1は、集中的にコロナにかかる人は減らすけれども、結果的にかかる人の総数は変わらないように誘導するということも表しているように見て取れる。

一方、図2は、かかる人自体をへらして、しかも早く収束させるという意図がある場合。
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違いは、罹患者数や死者数の違いである。

もちろん、図1にすべきだという理由はわかる。上に書いたように、ピークを減らしたいということ。それから、集団免疫のためにはある程度の人がかかるべきであるという立場。

しかし、「集団免疫のためにはある程度の人はかかるべきである」というのは、「一度に死ぬのは困るけど、ゆっくり死ぬのはOK」ということでもある。もちろん、図1の実践だと医療崩壊にはなりにくいので医療崩壊による死は減少するであろうが、罹患して死ぬ人を最小限にする図2とはあくまで考え方が異なる。

これは倫理学の問いである。

完全に外出を規制して図2のようにすると罹患者数や死者数は最小になるが、一方で産業も打撃を受け失業者や自殺者が増加してしまうことが過去の想定外のときのデータから予想できる。つまり、図2はコロナの罹患者・死者だけのことを考えているのであって、日本や世界の経済も加味して考えると図1の方が良いと考えるのが図1の立場であろう。

つまり、図1には「産業への影響も考えるとトータル罹患者数が破線と違わないのは止むを得ない」という考えが含まれていると考えるべきである。日本政府がもっと厳格な外出制限をしないのは、欧米に比べて蔓延の度合いが緩やかだから、産業や経済への影響も加味して、多少の増加は容認するという政治判断の結果だと考えるべきではないだろうか。

私は、図2の方がいいと言いたいのではない。図1と図2がありえると考えることによって、唯一絶対解のない応用倫理問題として、この問題を俯瞰的に考えるべきだという視点を提示したいということなのである。言い換えれば、マクロに全体最適を考える政府や医療者の立場と、ミクロに自分の身を守るという一市民の立場では、当然、見方・考え方も違ってくるはずであり、各人は各人の立場・状況に応じて総合的な倫理的判断をすべきなのである。

みなさんはどのように考えますか?

世界は美しい

散歩中に撮った写真です。世界は美しい。

僕は美しい写真を撮るのが好きで、現実世界の美しいところを探して切り取って写真にすることを趣味にしてきました。最近はiPhoneが高性能になったので、重い一眼レフを持ち歩かなくてもこれくらいの写真を撮れるようになり嬉しいです。

しかし、プロのフォトグラファーの方には、「写真には、怒りとか、どろどろしたものとか、社会課題とか、そういった負のものを表現すべきだ」と言われたことがあります。綺麗なものばかり撮っていてもそれは響かないと。

本業の「幸福学」も、いわば心の美しい状態についての学問なんですよね。上の話から行くと、もっと、怒りとか、どろどろしたものとか、社会課題になるような不幸とか、そういうものも含まないといけないのかなあ、と思っていました。

しかし、新型コロナウイルスの広まるこの不安な時代がやってきて、美しい写真への共感が高まっていると感じます。そうか、僕は美しいものを撮り続け、美しい心の研究をし続ければいいんだ。こんな、先が読めず、不安が広がる社会だからこそ、世界は美しい、人の心は美しい、と言い続けることが僕の使命なのかもしれない。今日、散歩しながら、そう思いました。みんなで、美しい世界を守りましょう!

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COVIDは人類を分断するのか

今日、散歩しながら考えたこと。

日本政府は何をしているんだ! と怒っている人たちがいる。これから世界中で怒りのパワーが増すのだろうか。政治不信が分断を生み、経済悪化が不安を高め、人々は怒りと不安と悲しみに支配されるのだろうか。

新型コロナウィルスから見ると、彼らはそこに近寄った人と共生しているだけ。だれとも戦ってはいない。人も、戦う必要はない。各人は、各人で判断し、各人として正しく対応すればいい。

人々は何と戦っているのだろう。自分の中の不安と戦っているのか。怒りからは対立が生まれる。一方、冷静な心からは創造性が生まれる。愛とつながりと信頼が生まれる。みなさん、冷静に、そして適切に、行動しましょう。専門家は専門家として、市民は市民として、ビジネスパーソンはビジネスパーソンとして、適切に考えて行動しましょう。

うちの大学院も、5月末まで、授業はすべてオンラインとなった。5月いっぱいは外部の人とのオフラインでのミーティングも禁止になった。幸い、教育はオンラインでも行える。だからうちにいる。家族の時間が増えた。散歩の時間もできた。じっくり考える時間ができた。家で仕事をしたり、オンラインで会議をしたり、家族と話したり。

季節は春。さまざまな生き物が、春の到来を楽しんでいる。私たち人類も、穏やかな心で判断したいものだ。幸せな人は創造性が3倍高いという研究結果もある。先が見えない時こそ、信じ合い助け合うことが必要。対立と分断ではなく、愛と信頼とマインドフルな心から行動しましょう。日日これ好日。

ウェルビーイング大学

2020.4.1。ウェルビーイング大学、開校します!

エープリルフールじゃないよ。
オンラインサロンの名称変更です(笑)

これまで 「Well-Being Design Salon」と呼んでいたオンラインサロンが、4/1より「オンラインサロン ウェルビーイング大学」に名前を変えて、再スタートします。メンバーはみんな新1年生!

誰もが違いを認め合い、尊敬し合い、高め合う、争いのない幸せな世界を創りたい。そんな世界を創るために、みんなで知恵を結集したい。みんなで、あつまり、考え、感じる場を創りたい。もちろん、科学的な研究成果を持ち寄って議論したい。つまり、「人のよき在り方」や「幸せな世界」を学術的に追求する新しい学びとアウトプットの場を創りたい。従来の大学にできなかったこともやりたい。知識ではなく、あり方の探求。オンラインの探求。専門性がなくても学べる「教育の民主化」。専門性がなくても研究できる「研究の民主化」。これまでにない「新しい形のコミュニティー」の模索。ほんと、まだ模索中ですが、志は高く、1000年後に残るくらいの、そもそも必要な本質を考える場を、みんなといっしょに創りたい。

そんな思いでやってます。理念に共感していただける方のご参加をお待ちしています。エープリルフールじゃありません。本気です。ウェルビーイング(人の良きあり方と、幸せ)についてともに探求したい方。メンバーは一年中募集しています。クオーター制という考え方があるように、私たちのオンラインサロンも年に4回の応募締め切りを設けています。次の締め切りは4月末。月会費2000円。誰でも入れます。ぜひご一緒しましょう!一緒に、すてきな世界を創りましょう!

理想を想像しませんか?

今日、妻と話した。どうして人は「理想を想像できる」のに「理想的に振る舞えない」のだろう? 私たちは、どうすればいいかをとっくにわかっているのに、どうしてそれができないんだろう。

トイレットペーパーとか食料を買い占めるのってかっこ悪いってわかるのに、なぜ買い占めてしまうんだろう。

誰かの発言の揚げ足を取ったり嘲ったりするより、それぞれの発言の素晴らしさを称えあって尊重する方が建設的なのに、なぜ批判だらけなのだろう。

心配で不安なニュースに接した時、ネガティブで暗い顛末を想像するより、ポジティブに明るい未来を創造する方がいい結果をもたらすことは自明なのに、なぜみんな悲観的になるのだろう。

俯瞰力と創造力の欠如だろうか。人は未知の事態に直面した時に不安になる。そんなとき、自分の身を守り、自分を正当化するために、自分ではなく、他人を責める。生き延びるために、そういう習性を持っている。だから、危機の時には近視眼的に自分第一になる。

しかし、それは、敵と接した時の反応のはずだ。人類の共通の敵(たとえば新型コロナウィルス)と対峙した時、人類間で争っている場合ではないのは自明だ。みんなで励ましあい、力を合わせて、未知の困難に、俯瞰的・創造的に対処すべきであるはずだ。なのにそれができないのは、人類はまだ「76億人が力をあわせる」ということに慣れていないからだろうか。

想像してみよう。理想的な今と未来を。もしもあなたが理想的な人だったら。みんなで力を合わせようよとリーダーシップを発揮するはずではないか。人のためになりたいと献身的に振舞うはずではないか。そんなに理想的でなくてもいい。ちょっと想像力を働かせれば、周りの人に話しかけて優しく助けるとか、みんなで話し合って次のやり方を決めるとか、いろいろと創造的なディシジョンをすべきだと考えるはずではないか。

冷静に、想像してみよう。私たちは知的な種だ。これまでも困難を乗り越えてきたし、これからも乗り越えていける。最善の未来と最悪の未来を想像できる。想像できるということは、そのように振る舞うことができるということだ。つまり、私たちの中にはすでに「理想」はある。私たちは理想的に(理想的という表現が理想的すぎるなら「よりよく」でもいい)振る舞う力をすでに持っているのだ。一人一人がよりよく行動すれば、私たちはより良い方向に行けるはずだ。

理想を想像しよう。

最悪の想像も大事ですけどね。これから日本でもコロナが流行り、多くの人が死に、産業が停滞し、多くの人が失業し、貿易は減り、食料とエネルギーが不足し、食料やエネルギーの不足にみんながあえぎ、多くの人が路頭に迷う。株も資産も暴落し、ハイパーインフレで貨幣は紙くずになる。みんなが争い、いろいろなものを失う。もちろん、そんな最悪を想像できるのも、人間の頭脳。

そんな最悪を想像できるからこそ、理想も創造すべきではないか。リアルの接触を減らし、無駄な移動は減らし、オンラインの技術で人々が繋がり、新しいやり方を見つけ、新しい産業を作り、新たにみんなで助け合い、みんなで新たな生き方を創造する。そのためには何をすべきか。何をすべきではないかを、みんなで考える。いろいろと試行錯誤してみる。古いものは解体し、新しくやってみる。みんなが、一歩を踏み出してみる。

僕には見える。そんな未来が。みんなにも、だれにでも、見えますよね。簡単なことです。みんなで、みんなにとってよりよい世界を想像し、力を合わせて歩む。それだけです。

理想を想像しよう。

人間は進化しているのか、退化しているのか

「今さえよければそれでいい」社会が“サル化”するのは人類が「退化のフェーズ」に入った兆候
という内田樹さんの記事を読んで、賛同する面もある一方、違和感も感じました。

サル

内田さん曰く「“サル化”というのは「今さえよければそれでいい」という発想をすることです。目の前の出来事について、どういう歴史的文脈で形成されたのか、このあとどう変化するのかを広いタイムスパンの中で観察・分析する習慣を持たない人たちのことを“サル”と呼んだのです」

まあ、わかりますが、でも、サルに対して失礼ですよね。サルにもいろいろいますが、それぞれ、進化の結果、環境に適応して生きています。彼らは「今さえ良ければそれでいい」という発想はしていない。そもそも人間のような言語を持たないし、過去と未来に対する認識も人間とは異なるので、サル化という表現自体、文学的表現であり、ここに対して突っ込む必要はないのでしょうけど(笑)。。。ただ、ダイバーシティー&インクルージョンの立場から見ると、サルを差別する人は、人の多様性に対しても差別をする人なのではないか、というあらぬ誤解を招く表現ではないかなあ、とも思いました。たぶん、未来から見ると、表現が下品と言われることが想像できます。

まあサルの身になるのはこれくらいにして、言いたいのは「今さえよければそれでいい」という考えをいきなり悪として切り捨てていいのかということ。

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幸福度診断Well-Being Circle

健康診断をするように、幸福度診断を。

幸福度の高い人は、寿命が長く、健康で、自己肯定感が高く、やる気があり、多様な仲間を持ち、感謝をし、利他的であり、前向きでもあり、自分らしくワクワクしながらライフとワークを満喫している人々であることが知られています。また、幸福度は健康と同じように、日々変化します。

つまり、自らの健康状態を把握して「健康に気をつける」ように、自らの幸福度を把握して「幸せに気をつける」時代がやってきたのです。

また、幸せは写ることが知られています。あなたが幸せならば、あなたの周りの人も幸せなのです。あなたの幸せが世界中のみんなに広がれば、みんながそれぞれの生きがいとやりがいを持ち、みんながみんなの活動を尊重し、応援し、助け合い、みんなで豊かな地球生命圏を守り続ける平和な世界が実現できるでしょう。言い換えれば、SDGsの上位概念である世界人類の幸せが実現できるでしょう。

このため、人々の幸福度の把握に寄与するために、一般社団法人ウェルビーイングデザインでは、無料幸福度診断Well-Being Circleを開発しました。

スライド1のコピー

72問の質問に答えることによって、幸福度に関連する34の項目を把握することができます。幸福度向上のためのヒントもご覧いただけます。また、半年ないしは1年おきくらいに繰り返し測定することによって、あなたの幸福度の推移を把握することができます。もちろん、個人情報は厳格に保護しますのでご安心ください。個人向けは無料。例えば、研修やコーチングのようなビジネスの際に顧客に個人アカウントを作ってもらって測ってもらうのも自由です。ただし、自社や顧客のデータをチームごとやグループごとに把握したい場合は、有料となりますのでご相談ください。

私の夢は、世界中のすべての人が、自分の個性や強みを生かし、多様な仲間と助け合いながら、生き生きと生きる世界を、みんなとともに構築すること。みなさん、ぜひ、ともに歩みましょう。

プレスリリースのページはこちら

デュアルキャリア・カップルの幸福論(ハーバードビジネスレビュー2020年2月号)

ハーバードビジネスレビューの表紙に夫婦で名前が載る日が来るとは!

1/10発売のハーバードビジネスレビュー2020年2月号は、「デュアルキャリア・カップルの幸福論

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昨秋に出た英語版では「How Dual-Career Couples Make It Work」という特集が組まれており、やり手っぽい欧米人夫婦の写真が載っていました。

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日本語版では、夫婦で取材していただきました。面白い記事に仕上がっていますので、ぜひお読みください!(英語版と同じポーズにすればよかったね(マドカ談))

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島田由香さんの記事も!

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以下、内容紹介です。

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明けましておめでとうございます

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母の手作り年賀状。着物の生地を使っています。一番上が僕の年賀状。2番目は母の年賀状。撮影は僕。EOS 6D。

障がい者から挑戦者へ

英語では最近は「disabled」ではなく「challenged」と呼ばれる。

日本語も「障がい者」ではなく「挑戦者」にすべきではないか。

そのようにfacebookに書いたら、障がい者の友人から、「はい、私もchallenged」と名乗っています、という返事が来た。はい、それでいいのですが、私が言いたかったのは、日本語の「障がい者」という単語自体をそもそもやめて、日本語でも「挑戦者」と呼ぶことにしましょうよ、という提案です。英語の「challenged」が今では挑戦者と障がい者という2つの意味を持つように、日本語の「挑戦者」という言葉に挑戦者という意味と今の障がい者という意味を持たせるようにすべきなのではないか、というのが私の提案なのです。

障がい者のことに限らず、日本語の無意識のネガティブを撲滅したい。

最近の若いビジネスマンは、朝っぱらから「お疲れ様です」と挨拶する。

昔は「お疲れ様」は帰り際の挨拶だった。疲れたことをねぎらう言葉だ。しかし、僕は別に仕事をしても疲れないから、夜に帰るときに「お疲れ様」などというネガティブな言葉をかけてもらいたくない。

そんなネガティブな単語をさらに朝から口にするとはどういうことだ。

アメリカでは、"How are you doing?" と聞かれたら、昔は "Fine." と答えていたものだが、最近は "Excellent!" や "Incredible!" である。つまり「すばらしい」や「信じられないくらいすばらしい」と返事する。このハイパーポジティブ。

日米真反対。朝の挨拶のこれだけの差が、アメリカと日本の活力差の原因のひとつになっているのではないか。

他にもたくさんある。日本のネガティブと、アメリカのポジティブ。

あ、もちろん、アメリカが全て素晴らしくて、日本は全てダメ、と言いたいのではないですよ。アメリカ人はもう少し謙虚になってもいいと思いますが、日本人はもう少しポジティブになってもいいと思うのです。

ひとつ別の事例を挙げて終わりたいと思います。

妻がアメリカの公園で3歳の息子を遊ばせていたときの話。アメリカ人の3歳くらいの子供が走っていて、転んだそうです。そのお母さんは、何と言ったと思いますか?

"Good job!"

だったそうです。日本だと、「大丈夫?」あるいは「走っちゃダメって言ったじゃない!」ではないでしょうか。どちらの方が、ポジティブでチャレンジする人に育つでしょうか。明らかですよね。

幸せな職場を作るワークショップ実践報告

どんな職場も幸せになれる 〜幸せな職場を作るワークショップ実践報告〜

トップが利益至上主義で有名な(!?)ある会社(従業員1万人)。にもかかわらず、ある事業部(数100人)のトップと人事の方が「うちの部門は幸せに働く職場にしたい」とおっしゃって、これまでに何度か会社に呼んでいただいた。

嬉しかったこと、その1
半年前に、この部門の希望者を集め、幸福学の講演と、幸福度を高めるためのアイデア出しのワークショップを行った。盛況だった。そのとき出たアイデアの一つイントラ「幸せ共有チャンネル」。すぐに実行され、今も続いているという。部門トップの方の声。「細く長く続け、公私の多様な幸せがシェアされています。飲み会の後は、飲み会の写真だらけになりますけどね(笑)」みんなが幸せになるための活動は、無理せず、細くてもいいから長く続けるのが正解ですね。

嬉しかったこと、その2
今日は部長以上全員が集まってワークショップ。
幸福学の基礎の復習の後、職場で幸せの4つの因子のどれができていてどれができていないかを出し合うワーク(写真のピンクの付箋)。そして、改善案のアイデア出し(写真の黄色の付箋)。さらに、短期・長期にどれを実行していくかの具体化のための話し合い(このワークはどの職場・チームにもオススメです!)。

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幸せの4つの因子のワークショップ

その結果、やることになったアクションがこちら。

•英語マスター、PPTマスターなどの新たな称号を設けて表彰する。皆で案だしをする。ボトムアップ評価につながる。
•失敗をポジティブに収集する方法を考える。
•ランチの時だけみんなで集まって対話するような働き方にする。
•オフィスにいる者はテレカンで顔出しして表情を見せる。自宅ではアバターでもOK。
•既存事業か新規事業かによって、人事ルールを変える。新規事業は失敗を奨励すべきなので。
•土日のメール禁止。
•PPT資料の無駄を減らす。部長会の資料はなくす。
•権限の委譲を推進する。

「うちの会社では幸福学なんて難しいですよ」とおっしゃる会社も多いが、この事例は素晴らしい希望だ。「自分の部門だけでもみんなで変えるんだ」と部門のトップが決意すれば、その部門は変わる。この部門長は上と下からの板挟みで大変なのだろうと想像するが、全く弱音を吐かず「自分の部下には幸せに働いて欲しいんですよ」と熱く語る。すばらしい。今日もこの方のリーダーシップをみていて、胸が熱くなった。また、管理職たちが口々に「いいワークショップだった」と仰りながら爽やかに職場に戻っていかれる姿が清々しかった。

今日もまた、再確認することができた。誰もがみんな、幸せになれる。幸せになると決意さえすれば。

SDGs×幸福×経営 シンポジウム

2019年11月15日、慶應義塾大学三田キャンパス西校舎ホールにて、「SDGs×幸福×経営 シンポジウム」を開催しました。若い登壇者のみなさんの熱い思いが申し込み1000人以上というたくさんの聴講者のみなさんに届いた、すてきな場となりました。ありがとうございました。

講演中に、「私の講演の資料はブログにアップします」「pdfは使いにくいので、pptファイルでアップします。どんどん使って幸せを広めてください」と言ったら大きな拍手をもらったのが嬉しかったです。みなさん、ぜひどんどん使って、幸せな世界を広めてください。

私の講演資料のpptファイルはこちら
私の講演資料のpdfファイルはこちら

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いやあー、楽しかったですねー。3人の登壇者、みなさん素敵でした。

今日jの企画と司会を行ってくださった河上伸之輔さんの素敵さについては、一般社団法人ウェルビーイングデザインのブログに記事を書いていますので、ご覧ください。
https://www.well-being-design-blog.com/post/kawakami-sdgs

石坂産業の石坂典子さんは、ホワイト企業大賞でもご一緒させていただいています、すてきな方です。記事がたくさん出ているのでご覧ください。
https://jinjibu.jp/article/detl/keyperson/1989/
https://business-leather.com/bp/interview/1083
https://www.foresight.ext.hitachi.co.jp/_ct/17170598

そして、西岡徹人さん。またまた熱き素晴らしい経営者。記事読んでください!
https://www.gifu-np.co.jp/kikaku/leader2019/20190101-102360.html
https://www.projectdesign.jp/201907/sdgs-core-business/006575.php
https://www.atpress.ne.jp/news/174055

シンポジウムの最後に述べましたが、若い素敵な経営者たちとお会いしていて、これからの世界も捨てたもんじゃないな、と思いました。みなさん、芯が通っていて、しかも謙虚。思いがものすごく強くて、しかも強すぎない。かっこいいなー。本当に、心から尊敬します。そんなことを感じたシンポジウムでした。良かった。すばらしい。幸せ。ありがとう。未来は明るい。登壇してくださった方々、参加してくださった老若男女の方々、そして、金沢からも全国からも来てくださったボランてシアスタッフの皆様。みんな、ありがとうございました。世界の未来は明るい。もっと明るくしましょう。みんなで明るい未来を創りましょう!




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「幸せな職場」のつくり方

HRカンファレンスにて、

「幸せな職場」のつくり方〜従業員が幸せになれば会社が伸びる〜

と題して講演しました。その際に、講演資料はいくらでも社内外で使っていただいて構いません、と述べたので、ここにもUPしておきます。ご利用ください!

pdfファイルはこちら
pptファイルはこちら

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アートとウェルビーイングWORKSHOP

10月27日に慶應SDMヒューマンラボ主催「アートとウェルビーイングWORKSHOP」(Art and Wellbeing Workshop)を行いました。

ここで用いた説明資料は以下です。
↓↓↓↓↓↓
ArtWellbeing2019.pdf

みんなの写真を掲載したフェースブックページはこちら
↓↓↓↓↓↓
アートとウェルビーイングworkshopのページ

フレデリック・ラルーの「目的(purpose)」の話

2019年9月、『ティール組織』の著者フレデリック・ラルー氏が来日した。私は運良く9/13の講演会のみ参加できたのだが、9/14に500人が集まった講演会で、ラルー氏が以下のように述べたことが話題になっている。

「あなたが目的(purpose)を発見するのではなく、目的があなたを発見するのだ」と。目的は、用意のできている人のところに降りてくるのだという。

これについて考えを述べたい。基本的な方向性には賛成なのだが、スピリチュアルではなく、論理的・科学的な解釈を述べたいと思う。

まず、論理的・科学的に見ると、目的は生物ではないので、「目的をあなたが発見するのではなく、目的があなたを発見する」という文章自体が矛盾であるように思える。たしかに、この文章は論理的な文章というよりも詩的な文章というべきであろう。ただし、詩を解釈するときと同様に、以下のように補足をすると理解できる。

「人間の心の認知というものは、目的を自分で発見するといった能動的なメカニズムに基づいて形成されていると考えられがちだが、あたかも目的が自分を発見したかのように自分を捉える受動的メカニズムによって成り立っていると考える方が妥当なのではないか」
(つまり、人間の意識が何かを決定すると考えるよりも、脳と身体の無意識的な自律分散的メカニズムと外部世界とのインタラクションの複雑な偶然にあらゆる選択は委ねられていると考えるべきではないか)

あるいは、

「人間の心というのは、目的を自分で発見しにいこうとする仮説検証思考で考える時よりも、目的が自分を発見すると捉えるくらいにオープンで自由な状態でいるときに最もイノベーティブかつ創造的であるので、目的を見つけるような創発的な問題解決の場合には後者の方が有効である」
(要するに、何かに集中して着目しているときはイノベーティブではなく、ルーチン課題解決モードである。一方、目的や合理的判断(や、いわるる狭い意味での「べき」思考)は手放し、リラックスしてフロー・ゾーンに入っているとき(前者とは異なる、マインドフルな集中をしているとき)に人は最もイノベーティブである)

前者は受動意識仮説。拙著『脳はなぜ「心」を作ったのか』に詳しく書いたので読んでみていただきたい。後者はイノベーション論。拙著『システム×デザイン思考で世界を変える』参照。ラルーの『ティール組織』も拙著『幸せの日本論』『思考脳力のつくり方』で書いたことの別バージョンだと思う。ちょっと著書の宣伝のように見えるかもしれないがそうではない。ティール組織のフレデリック・ラルーも、サピエンス全史のユヴァル・ノア・ハラリも、世界をGlobal(地球的)な全体として、歴史を人類史全体としてみようとしている点で共通している。そういう時代なのである。大きな変化をとらえるべき時代。

なぜ、ラルーやハラリのようなスケールの大きい物語が流行るのか。
個人主義(個の独立を重視する世界観。悪く言えば、自分のことばかり考える主義)だけでは世界は立ち行かないことが明確になった現代社会において、ホリスティックな見方が注目を集めているということなのではないか。

実はこれはいまに始まったことではない。むしろ既視感のあるムーブメントである。

印象派画家への浮世絵の影響(遠近法や写実主義を超えた主観的な描き方への注目)や、ポストモダン建築への日本の影響、ポストモダン哲学やニューエイジカルチャーへの仏教(たとえば鈴木大拙)の影響など、歴史的に、近代西洋型の合理的なやり方が行き詰まったときに、東洋・日本(ないしは古代)に注目した者が西洋で注目される(そして、日本はそこに注目する)ということが何度も繰り返されてきた。

今回もそれの再来である。ラルーのティール組織は、もともとケン・ウィルバーや、もっとたどればマズローやアドラーやユングが、東洋・日本からの影響も受けたことに端を発する。

だから、日本の研究者から見ると、「いやいや、そんなことは前から我々が考えていたことであって、その表層だけをすくってあたかも新しいことかのようにいわないでください」と言いたくもなる。しかし、謙虚に考えると、表層的な面もなきにしもあらずとはいえ、東洋のホリスティックなありかたが西洋に理解されるばかりか、西洋流の論理的・合理的な考え方によって整理されたからこそ世界に環流するという意味では、とてもありがたいことだと思う。

東洋の深遠な思想が世界に理解され尽くされるまで、環流の既視感は繰り返すのだろう、なんてふと思う。人類が愛しい。

【陰謀論】再考

あるT大教授と話していたときのこと。T大教授曰く。

「歴史とは、政治が宗教を人心掌握のために利用してきた歴史ですね。」

なるほど。賢い人はそうみるのか、と感心したが、言い返してみた(笑)。

「いやいや、為政者は、宗教を利用したのではなく、本当にその考えに心から賛同していて、これを広めることが世のためだとピュアに考えたからこそ広めた、という可能性もあるのではないですか?」

T大教授「面白い考え方ですね。しかし、様々な史実から考えて、やはり為政者や政治家は宗教を利用したと考えるべきでしょう」

私。「いやいや、すべての史実は、当時の情熱的な為政者が、その志として、人生をかけて、信じるものを広めようとしたんだと、僕は思います」

T大教授「いえ。たとえば今の政治家は選挙に当選することが第一優先でしょ。これは昔も今も同じですよ。そのために何をするかを考えるのが政治家です」

あー、平行線。この後も話は続きましたが、平行線でした。難しいですね。合理主義と理想論。あるいは、物事は自分の利益のための合理的判断で進むという自分中心主義というか近視眼(これが現代学術界の主流か!?)と、ウェルビーイングから考えた論理的な帰結である「みんなが心の底からオープンにみんなのための理想を目指すべき」という考え。水と油でした。

後者は、一見、精神論、感情論、情熱論にすぎないと言われがちかもしれませんが、僕は、今後は学術界も産業界もこちらにシフトしていくべき、全体的で「和」的な考え方だと真剣に思っています。みんなの幸せこそが個人の幸せ、というあり方。

似たものと感じられる論理に、「アメリカは、日本を骨抜きにするために日本国憲法を作った」や「環境問題の議論は、アンチエネルギー業界の陰謀」のような「陰謀論」があります。たしかにまあそういう風に考えることもできると思います。しかし、陰謀って、自分のことばかり考えて、相手の立場を考えないことを前提とする見方ですよね。マッカーサーは日本をいい国にしたいとピュアに思っていた面もあるだろうし、環境問題は科学者が私利私欲なく真摯に考えた結果なのではないか、というように、僕は「陰謀論」ではなく「ピュアにみんなのためを考える心」論で説明したいです。「人類って、後者に向かういい人たちなんだ」と信じたいです。

この平行線って、要するに、利己的な人は利己的な世界観に立ち、利他的な人は利他的な世界観に立つ、というシンプルな構造の表れなのではないでしょうか? つまり、対立軸は、自分のことばっかり考えることに特化しがちな個人主義と、みんなのことを考える(だから時としては滅私奉公になってしまう面もあるけれども、そこを超えてみんなのことを考えると人類の次のパラダイムになるに違いないと僕には思える)集団主義との対立軸ともいえそうです。もちろん、本当は、対立ではなく、両者を包み込む価値観に立つことが重要だと思いますが。

以下の「科学と倫理」のイベント(無料!)にいらしていただければ、この話の続きのような議論をご覧いただけるかもしれません(笑)。倫理とは「我々は何をすべきか」を議論する、「べき」についての学問ですから。生々しく戦う場面をご覧いただけるかどうかはわかりませんが。ぜひ、ご来場いただき、価値についての議論をお楽しみいただければ、幸いです。私は「AI時代の科学技術倫理」と題して講演・ディスカッションいたします!

2019年10月26日
日本科学協会科学隣接領域研究会「科学と倫理」シンポジウム
https://www.jss.or.jp/ikusei/rinsetsu/ethics/

「何も考えなくても生きていける社会」はそろそろやめるべきでは?

【「何も考えなくても生きていける社会」はそろそろやめるべきでは?】

16歳のグレタ・トゥンベリさんの演説はすばらしかった。心から賛同した。
https://www.youtube.com/

しかし、日本では的外れの批判も少なくないようだ。
【コラム】トゥンベリさん怒りの演説と、醜悪な日本の大人達
https://news.yahoo.co.jp/

関連記事。
「地球温暖化のウソ」に日本人はいつまで騙され続けるのか?
https://news.yahoo.co.jp/

戦後の日本は世界でもトップクラスの安全で健康な国家となったが、言い換えれば、各人が自ら判断し、様々なことに自ら気をつけなくても生きていける社会を作ってしまったとも言えるのではないか。自らをルールとマニュアルで縛った挙句、大局的な判断やイノベーティブな判断ができない人々となってしまったのではないか。自らの個性を生かしならが成長して独自の強みを磨くことのできない人の集団になってしまったのではないか。

江戸時代までは宗教が思想の根幹を成していた。明治には国家神道があった。かつては〇〇道のような精神修養を行なった達人がいた。これに対し、戦後日本は倫理・道徳の中心を失ったままなのではないか。過去に戻るべきだとは思わないが、思考の基軸を再構築すべきときなのではないか。

日本人の自己肯定感は諸外国と比べ低めだというデータがある。成長しなくても生きていける国を作った結果、自己肯定感さえも高められずに未熟なままでいる人間を大量に作ってしまったということなのではないか。
日本人はたとえばアメリカ人に比べて日常会話で政治や国際情勢の話をしない傾向が強い。未熟なまま大人になった結果、自分のことしか考えられない事態に陥ってしまっているのではないか。世界のことに目を向けるための心の成長が止まってしまっているのではないか。

大局観がないから、グレタ・トゥンベリさんの大局的な発言に対して、細かいことをつつくような的外れの反論しかできなくなってしまったのではないか。環境問題のような全体最適の問題を考える能力が欠如しているのではないか。他人のため、みんなのため、地球のため、と考える利他性・思いやり・親切さが育っていないのではないか。

もちろん、日本だけではない。世界中が、自国第一主義に傾いている。みんなが自分勝手になろうとしている。このままだと世界大戦になるかもしれない。環境問題も解決されず、恐ろしい温暖化が進むのかもしれない。

そんなはずはない。僕は、人間はそんなに愚かではないと信じたい。そんなのは一部であると信じたい。そして、みんな変われると信じたい。目覚めよう。もっと、みんな、自分の力を発揮しよう。もっと、大局的に考えよう。そのための教養を身につけよう。もっと学ぼう。自ら世界のことを考えられる地球人になろう。そして、行動しよう。環境問題は待ったなしだ。民度の低下も待ったなしだ。みんなで、やるべきことをやろう。小さくてもいいから、始めよう。そして、行動の輪を広げよう。世界を「和の世界」にしよう。そのためのリーダーになろう。私たち日本からやるべきことはたくさんある。みんなで立ち上がろう。みんなで、幸せで平和な地球を作ろう。青い地球を守るのは、ほかならぬ、私たち自身だ!

Appendix

プロフィール

Takashi Maeno

Author:Takashi Maeno
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(慶應SDM)ヒューマンシステムデザイン研究室教授
慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長兼務
前野隆司

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