「引き算」というワークがあります。もともとは、慶應SDM(システムデザイン・マネジメント研究科)のデザインプロジェクトという授業で坂倉杏介先生が行っていたワークで、拙著『幸せのメカニズム』でも述べています。私は今年もMCC(慶應丸の内シティーキャンパス)の講座「デザイン×システム思考」の中で実施しました。
どんなワークかというと「あなたにとって大切なものを1週間使わないで過ごしてみてください」というものです。皆さんもぜひやってみてください。たくさんの気づきがあります。
先日のMCC受講生の引き算の一部をご紹介しましょう。
(1) 歯磨き粉
練り歯磨きなしで歯磨きをしてみた。ハッカの香りが恋しくて、自分はハッカが歯全体に広がることで磨けているという感覚を得ていたことに気付いた。逆に、発火の香りがないことで、きれいに磨けているかどうかに注力できることに気付いた。
(2) 日経新聞
意外と自分はニュースではなくいろいろな人の動向を見るために新聞を読んでいたことに気付いた。ニュースとしては困らなかったが、人についての情報をもっと欲しいという気分になった。悲惨な事件で心を乱されることが減った感覚もあった。
(3) チョコレート
ものすごいチョコレート好きだったがやめてみると体重が減った。しかし、ハチミツに走ってしまった。
(4) コーヒー
禁断症状に苦しむのではないかと最初は不安でいっぱいになった。しかし、妻の「深夜にでもコンビニにコーヒーを買いに行くあなたにできるわけないでしょ!」と言われたことへの対抗意識がすごいパワーになり、問題なく乗り切れた。思わず、対抗意識の影響力の強さを思い知った。
(5) 炭酸水
炭酸水を大量に飲んでいたのをやめてみた。辛くてたまらなかった。今晩ハイボールを飲むのが楽しみで仕方がない。
(6) パン
朝食はいつもパンだったが、ご飯と味噌汁と焼いたシャケにしてみたら面倒くさかったしコーヒーが合わなくてショック。そこで、ヨーグルトとフルーツたっぷりとコーヒーにしたら、別にパンじゃなくても1週間をすてきに過ごせた。
(7) 肉
大好きな肉を引き算。いきなり妻に、「冷蔵庫には大量の肉がある。どうして勝手にそんなことをするの!?」と叱られた。子供たちが「焼肉を食べに行きたい」と言うのにも困った。自分が肉を我慢することの困難よりも、肉がいかに家族の人間関係のために大切なものであるのかということに気付いた。
(8) ラジオ
ラジオを聴くのが好きだったが、引き算してみるととても辛かった。ラジオの内容というよりも、一人暮らしの家の中で、人の声を聞くことで安心する効果を得ていたのだと気付いた。
(9) テレビ
家ではいつもテレビをつけていたが、引き算してみるとどうということはなかった。ただ惰性になっていただけだった。しかも、実は土日はもともとテレビをつけていなかったということにも気付いた。
(10) カバン
いろいろなものの入っている鞄をやめて風呂敷にしてみたが、特に困ることはなかった。意外と拍子抜けで、いざという時のためにいろいろなものを入れた重い鞄を持ち歩いていたことを考え直そうと思う。
(11) ネットでの検索
わからないことがあるとすぐにネットで検索していたが、1週間の間は時間をかけて辞書で調べた。すると、調べた内容についての記憶の定着率が高まった気がする。ネット検索は簡便な分、忘れやすいのではないか。
(12) 子供への小言
小言を言わなくても実は子供は結構いい子にしていて、子供のいいところが見えてきた。自分がいかに子供のネガティブな側面に注目していたのかということに気付いた。
(13) 子供と同僚へのネガティブな言葉
子供と同僚にネガティブな言葉を言わないようにしたが、うまくできたと思う。子供に対してポジティブにしていると、子供が私を困らせることが少なくなったことに驚いた。しかし、夫と喧嘩になった。ストレスを無意識のうちに夫に向けていたことに気付いて反省した。
(14) 夜更かし
これまで12時以降に寝ていたが10時に寝ることにした。しかし、寝られなくて逆に不規則になり、従来以上に夜更かしになってしまった。
いかがでしょう? 人によって色々と気づきが異なるのが面白いところです。普通に考えるとコーヒーのほうが炭酸水よりも習慣性があるように思いますが、人によっては炭酸水の禁断症状が大きかったり、テレビをやめたりラジオをやめたりするとその影響が違ったり、思わず予定外の人間関係の変化に気づいたり。
このワークは、デザイン思考の「観察(observation)」のワークとして行っているものです。大切だと思っているものを引き算することで、何か想定外のことに気づくのではないか。無意識のうちに自分が何をしているのか、何を気にしているのか、について気づくのではないか。その気づきを新たなイノベーションのために使えるのではないか。そんな、気づき(insight)のためのワークです。
過去の実践者たちも、いろいろな気づきを得ていました。エレベータとエスカレータを引き算してみるとビルの非常階段がどこにあるかを見つけたり、手足を引き算して車椅子で生活したら人々の優しさに気づいたり、靴を引き算したら意外とみんな靴を履いていないことに気づかないということに気付いたり。
考えてみると、私たちはいつか必ず死にます。そのとき、何も天国に持っていくことはできません。現世で何をため込んでも、結局は全てを引き算して旅立つのです。環境問題や少子化問題により、物質的な豊かさを追い求め続けることは不適切となった現代社会。もっと様々な引き算をすべきなのではないでしょうか。執着を手放すべきなのではないでしょうか。近藤麻理恵さんの「ときめかないものは断捨離する」というお片付け手法が世界で注目されているのも、同じ文脈なのではないでしょうか。
みなさんも、何か大切なものを引き算して過ごしてみませんか。きっと思いもよらない気づきがありますよ。
スポンサーサイト
コメントの投稿