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【陰謀論】再考

あるT大教授と話していたときのこと。T大教授曰く。

「歴史とは、政治が宗教を人心掌握のために利用してきた歴史ですね。」

なるほど。賢い人はそうみるのか、と感心したが、言い返してみた(笑)。

「いやいや、為政者は、宗教を利用したのではなく、本当にその考えに心から賛同していて、これを広めることが世のためだとピュアに考えたからこそ広めた、という可能性もあるのではないですか?」

T大教授「面白い考え方ですね。しかし、様々な史実から考えて、やはり為政者や政治家は宗教を利用したと考えるべきでしょう」

私。「いやいや、すべての史実は、当時の情熱的な為政者が、その志として、人生をかけて、信じるものを広めようとしたんだと、僕は思います」

T大教授「いえ。たとえば今の政治家は選挙に当選することが第一優先でしょ。これは昔も今も同じですよ。そのために何をするかを考えるのが政治家です」

あー、平行線。この後も話は続きましたが、平行線でした。難しいですね。合理主義と理想論。あるいは、物事は自分の利益のための合理的判断で進むという自分中心主義というか近視眼(これが現代学術界の主流か!?)と、ウェルビーイングから考えた論理的な帰結である「みんなが心の底からオープンにみんなのための理想を目指すべき」という考え。水と油でした。

後者は、一見、精神論、感情論、情熱論にすぎないと言われがちかもしれませんが、僕は、今後は学術界も産業界もこちらにシフトしていくべき、全体的で「和」的な考え方だと真剣に思っています。みんなの幸せこそが個人の幸せ、というあり方。

似たものと感じられる論理に、「アメリカは、日本を骨抜きにするために日本国憲法を作った」や「環境問題の議論は、アンチエネルギー業界の陰謀」のような「陰謀論」があります。たしかにまあそういう風に考えることもできると思います。しかし、陰謀って、自分のことばかり考えて、相手の立場を考えないことを前提とする見方ですよね。マッカーサーは日本をいい国にしたいとピュアに思っていた面もあるだろうし、環境問題は科学者が私利私欲なく真摯に考えた結果なのではないか、というように、僕は「陰謀論」ではなく「ピュアにみんなのためを考える心」論で説明したいです。「人類って、後者に向かういい人たちなんだ」と信じたいです。

この平行線って、要するに、利己的な人は利己的な世界観に立ち、利他的な人は利他的な世界観に立つ、というシンプルな構造の表れなのではないでしょうか? つまり、対立軸は、自分のことばっかり考えることに特化しがちな個人主義と、みんなのことを考える(だから時としては滅私奉公になってしまう面もあるけれども、そこを超えてみんなのことを考えると人類の次のパラダイムになるに違いないと僕には思える)集団主義との対立軸ともいえそうです。もちろん、本当は、対立ではなく、両者を包み込む価値観に立つことが重要だと思いますが。

以下の「科学と倫理」のイベント(無料!)にいらしていただければ、この話の続きのような議論をご覧いただけるかもしれません(笑)。倫理とは「我々は何をすべきか」を議論する、「べき」についての学問ですから。生々しく戦う場面をご覧いただけるかどうかはわかりませんが。ぜひ、ご来場いただき、価値についての議論をお楽しみいただければ、幸いです。私は「AI時代の科学技術倫理」と題して講演・ディスカッションいたします!

2019年10月26日
日本科学協会科学隣接領域研究会「科学と倫理」シンポジウム
https://www.jss.or.jp/ikusei/rinsetsu/ethics/

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