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山伏修行(うけたもう)

妻のマドカとの初の共著『ニコイチ幸福学』(CCCメディアハウス、2019.5.30発売)。羽黒山の星野先達のところでの山伏修行についての妻の文章が反響を呼んでいるので(笑)、以下に、全文を掲載します。「うけたもう」(承ります)は人生の縮図ですねー。つまり、人生では様々な予期せぬ出来事が起こりますが、幸も不幸も「うけたもう」ととらえることが、幸せな人生の秘訣なのではないかと思います。

世界をハッピーにする真の「うけたもう!」とは?

以前、夫に誘われて山伏の修行体験に参加しました。2017年のことです。2泊3日で、月山【がっさん】や羽黒山【はぐろさん】に白装束と足袋で登ったり、滝に打たれたりする、かなりハードなものでした。


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修行の内容については口外しないことになっているので、ふたりとも何の予備知識もなく参加しました(本書では、問題ない範囲で修行内容について書きます)。「行きたい!」というノリで参加したので、想定外の経験となりました。私にとって、人と会話することは息をするのと同じようなものです。ところが、この修行では私語厳禁なのです。一切しゃべってはいけないのです。これは私にとってはつらすぎました(笑)。たったひとこと許される発話は「うけたもう」(承ります、の意味)というフレーズ。名前を呼ばれたり、「次は○○をします」と言われたときに、「うけたもう」となんでも引き受けるのです。


先日、夫婦でこの体験について振り返りました。そのときに、いま思えばさまざまな「うけたもう」があったということに気がつきました。同じ「うけたもう」というフレーズでも、そのときの自分の心理状態を見事に反映していたんです。
たとえば、一日中歩き回って、くたくたに疲れ切っているときに何か言われたとします。

「うけたもう……(はいはい)」

とりあえずは「受けたもう」とは言います。でも正直それどころではないという気持ちでした。

あるいは、疲れているのだけれど、なんとかモチベーションを上げようとしているときがあります。

「うけたもう‼」

あえて大声で、元気いっぱいに。

また、カジュアルに納得して言う「うけたもう」もありました。同じ「うけたもう」でもそれぞれ違います。人によっても違います。何度も修行に来たことがある人の「うけたもう」は、やはりどっしりと、落ち着いています。私の「うけたもう」とは据わりが違います。これは、まさに人生の縮図だな、と思いました。


ニコイチのパートナーシップでもこういうことはあると思いました。長く一緒に暮らしていると、いろいろなことが起こります。人生そのものです。いろいろなことを、場合によっては理不尽なことでさえ、受け入れざるを得ない。運命です。つまり、人生とは、あらゆる運命を受け入れるということなのではないでしょうか。山伏修行はその縮図でした。

そして。「うけたもう。」(どんなことも文句など言わず受け入れて、自分はいつもポジティブに生きていくぞ!)と宣言することは、なにか清々しいものです。心の許容範囲が広くなったような心地よさがあります。

そんなこともあって、修行から帰ってからしばらくは、我が家で「うけたもう」ブームでした。お互いに何か頼まれた時に「うけたもう!」と言うのです。いま改めて、あのときの気持ちを忘れてはいけないと感じています。いつだって、パートナーに対して、そして人に対して、いつも最高の「うけたもう」を伝え合えたら世界はきっと幸せです。みんなでハッピーになれるはずです。

パートナーが頼んできたことは、すべて、受け入れる。もちろん、わかり合っているから、頼む方も受け入れられることしか頼まない。そんな関係ができていると、ニコイチは幸せです。考えてみると、私たち夫婦は、修行に行く前から、そんな関係を築けています。信頼しあい、尊敬しあっているから、すべてポジティブに受け入れられる関係。安心・安全でストレスフリーです。ぜひみなさんも目指してみてください!

『ニコイチ幸福学』(CCCメディアハウス、2019)pp.274-277
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