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こころの人類学(煎本 孝)

文化人類学者、生態人類学者である煎本孝先生の『心の人類学』(ちくま新書、2019)を読んだ。環太平洋地域での調査に基づく心についての本。共感。

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「トナカイは、人が飢えているときに自分からやってくる」と、カナダ・インディアンは考えていたという。
「風も人間同様、夕方になると食事をとる」とアイヌは考えていたという。

これを煎本先生は、初原的同一性と呼ぶ。宗教もなかった原始の人類は、人間と動物や自然を同一視していた。トナカイは飢えた人間のために施しとしてやってきたのだと考えたという。風も生き物と同様と考えたという。慈悲、わかちあい、おもいやり、いつくしみは、人類に普遍的に見られる自然的宇宙観。

そして、ウパニシャッドの思想では、自己と宇宙を同一化する。仏教における空も、現実世界の現象は他に依存して単に名前をつけているだけであって、それ自体で存在しているのではないという点で、初原的同一性と共通するという。
日本人として育った僕にとって、八百万の神がいる神道と、空を知ることを目指す仏教は、どのように理論的に整合するのだろう、という問いはいつも考え続けてきた疑問だったが、それへの文化人類学からの一つの答えは、やはりいつも僕が思っていることと近かったと思う。

神道と起源が近いのは、環太平洋諸国の自然信仰やシャーマニズム。その基本は初原的同一性。要するに人類は何千年も合理的に戦って勝つことを求めすぎているが、昔のネイティブアメリカンやアイヌの考え方の中には、人間も動物も植物も自然現象も起源は同じなのであるから、いたわりあい助け合いながら生きようよ、という思想があったのだ。仏教は個の内面が執着から離れることにフォーカスするという点では異なる面もあるが、人間中心を越えようとする点では初原的同一性と近い。

そういうことなんだなあ。自然に魅せられるのも、ティール組織・ホラクラシー組織に魅せられるのも、ありのままの人に魅せられるのも、何千年前の人とおなじ感性を、私たちが持っているからなんだなあ。みんなは自分、自分はみんななんだよ。世界は自分、自分は世界。そう思うと、世界の生きとし生けるものはいとおしいですよねー。
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